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働く女性における介護ストレスに関する研究:女性介護離職者の軽減をめざして

働く女性における介護ストレスに関する研究:女性介護離職者の軽減をめざして
主任研究者 上條美樹子 中部労災病院女性診療科部長

介護に関する現在の問題点

厚生白書(H12)によると、昭和50年を100とした全世帯数にしめる高齢者世帯の割合は、平成12年には580まで上昇しています。このことは介護負担が各世代に大きくのしかかっていることを意味しています。具体的には、老老介護(介護者も被介護者も高齢であることからくる介護力不足)や、多重介護(ひとつの家庭に複数の要介護者が同時に存在する)、あるいは隔世介護(孫の世代による祖父母の介護)など介護の様式が複雑化したことや、医療技術の進歩による寿命の延長のため介護の長期化などが負担増の原因と考えられます。
このような社会現象を鑑み、従来家族のものであった介護を社会全体で担うため、介護保険法の制定、施行、度重なる改正が行われていますが、それでもなお社会的介護力は質的にも量的にも介護者及び被介護者の生活の質(QOL)を維持するためには十分とはいえません。特に在宅介護においては、どうしても家族に負担がかかり、介護うつや慢性疲労など介護者の心身への負担が問題視されています。介護力の不足から介護従事者が心理的に追い詰められることが誘因となる高齢者虐待の事例が頻発したことから平成18年には介護支援法として高齢者虐待防止法が制定されましたが、高齢者を保護する目的にはかなって介護者のストレス緩和には役に立っていないのが実情であります。
雇用均等法などの法整備も手伝い、女性起業家の増加など昨今女性の社会進出はめざましいものがありますが、働く女性にとっては育児とともに、高齢化した両親、あるいは配偶者の介護が大きな問題となっています。総務省の就業構造基本調査(H19)では介護を理由に離職した介護離職者は年間144,800人と前年から40000人増の過去最高となり、このうち女性の離職者は全体の82.3%を占めています。もちろん男性の介護離職者も9年前との比較では2倍近くに増え、男女ともに介護が就業世代に大きな影響を与えていることは確かですが、女性に介護離職者が多いことは、女性が介護を担うものという、我が国の従来の家族観が、働く女性の動向に大きく関与していると推定さています。育児離職とは異なり、介護離職の場合には、「離職期間がどのくらい続くかわからない」ことや、「再雇用時の年齢が高い」など、介護を終えてからの再就職には不利な条件が多くあります。
従って、良好な女性の就労を維持するためには、介護をしながら仕事も続けるといった、ライフワークバランスの維持が非常に重要であります。(財)21世紀職業財団の「継続就業女性の就労意識等に関するアンケート」によると、「辞めたい、あるいは辞めざるをえないと思ったが働き続けた」女性が介護経験者の36.0%に及び、介護と仕事の両立に苦慮する女性が多いことが推測されています。
現在の介護保険制度は介護者の負担減および在宅療養支援のため数々のサービスが利用可能ではありますが、介護支援の必要度や種類は介護者の年齢、経済的状況、ケアに対する意欲、介助者以外の援助者の存在、介護従事者の性格、家族関係など多様な因子によりさまざまであります。例えば、プライバシー重視の考え方が強い介助者は本人の肉体的、時間的介護負担が大きくとも訪問ヘルパー制度を利用せず、家族のみでの介護を希望するケースや、被介護者本人が強く家族介護を希望し、援助制度を利用しないケースもあり、プライバシー維持と介護負担を天秤にかけるといったストレスを強いられています。このような事例では患者や家族のプライバシーにも配慮しながら介護負担を軽減する方策を考案する形のストレスマネジメントが要求されます。あるいは介護度が高くとも、定期的に介護を代行する援助者がいる場合や、被介護者からのねぎらいの言葉、24時間の医療支援システムなどにより良好なストレスマネジメントが確保できたという事例も日常の診察で経験します。また、もともと依存度が高く、家族の病態を受容できず介護不安が増強する場合や、過剰な責任感のためにパニックや不安に陥る事例など、被介護者の性格もストレスマネジメントの重要な因子と考えられます。介護離職を減少させるためには、働きながらでも介護が可能な就労・介護の形態を模索するべきであるが、従来の介護者支援では介護量の軽減が先行、介護者のメンタルヘルスや個々の介護者のニーズに合わせた介護方法の提供は不可能でありました。

研究の目的および意義

今回の研究では、以下の方法により働く女性における介護ストレスに関する調査、検討を行い、働く女性が介護負担にも関わらず終了を継続できるためのストレスマネジメント法の確立のよる働く女性の生活の質(QOL)向上を目的としています。
具体的には次の方法でストレスマネジメントの方法を模索します。

  • 質問票によるストレス因子の検討を行い、介護従事者のストレス因子が何かを検討します。
  • 質問票より介護者の仕事に対する考え方、かかわりかたを検討します。(負担なのか救いなのか)。
  • 心理テストにより不安・抑うつを半定量化、生化学的ストレスマーカーとの相関を検討します。
  • 自己成長エゴグラムにより介護者の行動パターンを把握、介護ストレス度、ストレスマーカー値と性格分析の結果との相関を検討します。
  • 女性外来受診者のうち介護うつと思われる症例の事例研究を行います。

以上より、介護ストレスの軽減法や介護うつの予防法に新知見を得ることが可能ではないかと考えています。また、介護者における「働くこととの意味」を分析し、どのような心理的・制度的援助が必要なのかを見いだし、仕事と介護の両立をより容易にし、女性介護離職者の減少を図ることも可能と考えています。このような取り組みは、神経内科領域の難病や神経障害後遺症のため在宅療養を行う患者家族を支える取り組みとして神経内科臨床にも有用で、さらには少子高齢化社会において働く女性の生活の質(QOL)を維持するため非常に有意義であると考えています。

総括

我が国では介護離職者は依然増加傾向にあり、その80%は女性であります。しかし女性離職者の6.6%は仕事の継続を望みながらも介護力不足のためやむを得ず離職したことが報告されています。また、介護従事者の多数は40代から60代の女性であり、この年代の女性にとって、在宅介護は大きなストレス因子となっています。
今回の研究では在宅介護従事者に介護ストレスに関するアンケート調査を行い、ストレス分析を行います。また、質問票等による心理学的ストレス解明や血液のストレス反応検査を実施して、ストレス強度の測定を試みます。
これらにより女性の介護ストレスの特徴を検討し、行動分析的技法を用いてストレスマネジメントの方法を検討します。この結果から、女性の介護ストレスの軽減、介護うつの予防法を模索し、介護と仕事の両立への支援にはなにが必要かを検討します。本研究において、女性における介護ストレスを検討することは、介護場面に必要な支援を明らかにし、介護離職者の減少を図ることを目的としており、働く女性の生活の質(QOL)向上に大きな意義を有すると考えています。