独立行政法人労働者健康安全機構 研究普及サイト

  • 文字サイズ小
  • 文字サイズ中
  • 文字サイズ大
筋・骨格系疾患

知っておきたい腰痛の知識4 季刊ろうさい_VOL.8 P26-31 掲載
総括:私の提案する職場の腰痛対策マニュアル

「腰へかかる負担に関わる問題」と「心理・社会的問題」への対策は車の両輪!

腰痛は誰もが経験しうる最もポピュラーな愁訴で、再発・慢性化しやすい性質を持つにもかかわらず、その多くは原因疾患が特定しきれず画像所見は痛みの起源も予後も語りえないことがほとんどで(非特異的腰痛)、いまだその対策は確立されていません。人間工学的アプローチは重要ですが、従来型のアプローチで職場の腰痛が減っているという事実があれば、この度私がこのような原稿を書く必要はなかったでしょう。
過酷な介護労働現場を想像してみてください。きっと腰痛経験者は多いものの、今は腰痛はない人と軽い腰痛はあるものの仕事にはそれほど支障はない人、なんとかごまかしながらやっている人、そして仕事に支障があるものの人員が足りず責任感から頑張って休まず働いている人もいると思われます。休職中の人も一人くらいはいるかもしれません。一方メンタル的には、業務への負担感を強く感じてたり人間関係のストレスで悩んでいて抑うつ的な人、もっとよい職場環境にしたいと心の中では思っているのに雰囲気が画一的で半ばあきらめ感を抱きながら淡々と日々の業務をこなしている人もいるかもしれません。つまり、現場は様々な腰痛状況とメンタルヘルス状況の方が混在しており、両者とも問題を抱えている人もいらっしゃると考えられます。
ここで腰痛の基本的分類を整理します。神経症状のある症候性の椎間板ヘルニア・脊柱管狭窄症や骨折は別として、以下の3つの診断的トリアージに分類することが現在世界の主流です。①Red flag sign: 重篤な疾患の可能性がある腰痛(physical risk factor;器質的危険信号)②Green light:非特異的腰痛のことで神経学的異常や器質 的異常の関与が明確でない、言いかえれば心配のない腰痛  そして③Yellow flag sign:慢性・難治化、休職、長期の活動性低下へ移行する可能性がある心理社会的要因が強く関与しているもの。特に心身ともストレスのかかる職場では、②と③がオーバーラップしている場合が少なくないのが現実でしょう。典型的な症候性の椎間板ヘルニアであっても心理的なストレスが強いケースもあり予後に影響します。
以上の状況を勘案すると、少なくとも介護の現場を代表とする心身とも負荷が強い職場の腰痛対策としては、①現在腰痛がない人を,再発も含め腰痛を新たに起こさせない対策 ②軽い腰痛の人には重症化させない対策 ③すでに支障度の高い人にはコントロール可能なレベルに戻しかつ支障度の高い腰痛の再発を予防する対策、つまり一次・二次・三次予防を、「腰へかかる負担に関わる問題」と「心理・社会的問題」への対策を車の両輪とした包括的かつ具体的かつ理解しやすい形で提案していく必要があるのでは? という結論に達しました。そこで介護施設をモデルとして作成したマニュアル初案を今回提示します。介護現場の施設長から「ぎっくり腰になって病院を受診させると1週とか10日の安静が必要との診断書が出されて、それが休みがちになるきっかけとなり結局離職してしまう場合が少なからずある。もしかしたら心身ともきつかったから、ぎっくり腰になったことは結果的に疾病利得になったのかもしれない」という声を聞きます。現在も未来も介護労働者は日本の宝です。医学的根拠に乏しい指導や情報をきっかけに離職者を出すのは防ぐ必要があると思いませんか? マニュアルの1ページめはエビデンスに基づいた情報を提示しました。次に2~3ページで具体的な対策を示しました。最も重要な予後規定因子の一つとされる恐怖回避行動についても概説しました。最後に現在の常識的かつ基本的な「ぎっくり腰」の対応法とred flag sign等についてまとめました。
現在、ある介護施設に協力していただき、A3両面1枚にまとめた本マニュアルを配布のみした群と私が直接解説したうえで積極的に活用を促した群(積極的介入群)に対し、腰痛、メンタルヘルス、ワークエンゲイジメント等をアウトカムとした1年追跡の前向き調査を開始したところです。職域健康リスクの予防対策として参加型にするほうが効果が優れるとされていますので、「腰にかかる負担に関わる問題」への対策としては、「パワーポジション」と「こ・れ・だ・け・体操」を習慣化する仕組みをファシリテーターとスーパーバイザーの自主的な話し合いで検討していただいています。「心理社会的な問題」への対策は、私が長期休職者に行なっている認知行動療法1)のエッセンスをシンプルにまとめてみましたが、まだ改良の余地があるとは思っています。ただ、このマニュアルの積極導入がトリガーとなり職場のコミュニケーションやサポート体制が向上すれば幸いと期待しているところです。加えて共通ツールとして、昨年ベストセラーとなり一斉を風靡した「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら」(岩崎夏海著、ダイヤモンド社)等の書籍を使用することを検討しているところです。前述した長期休職者の治療としても用いています。本書は、個人および職場等を戦略的かつ合理的に見直す良いツールになりうるかもと考えたためです。1年後には、この取り組みがどの程度功を奏したかご報告できればと思っています。

新・職場の腰痛マニュアル

参考文献

  1. 松平浩,笠原諭:心因性腰痛.腰痛-クリニカルプラクティス.整形外科パサージュ1巻(山下敏彦編), pp267-278,中山書店,東京, 2010